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ディープ・パープル mk IV アーカイブ

カム・テイスト・ザ・バンド - ディープ・パープル (1975)

B000005RTGCome Taste the Band
Deep Purple
EMI Int'l 1998-06-30

[ジャケット写真をクリックするとリンク先のAmazonで試聴できます。]

 リッチー・ブラックモア(G)脱退により解散の危機を迎えたディープ・パープルが、新たにアメリカ人ギタリストのトミー・ボーリン(G)を加えて活動を再開。"ファンキーになって帰ってきた"第4期ディープ・パープル唯一のスタジオ録音盤。
 リッチー・ブラックモア在籍中とはあまりにもかけ離れた新生ディープ・パープルのサウンドは、発表当時こそファンからは不評を買い、セールス的にも成功しませんでしたが、発表から年月を経るごとに再評価され、その評価を年々高めていく非常に完成度の高い傑作アルバムです。

 ファンク、ジャズの分野で活動していたトミー・ボーリン(G)を加え、デイヴィッド・カヴァーデイル(Vo)、そして特にグレン・ヒューズ(B,Vo)の趣向を強く反映した音作りになっており、全体的に黒人音楽から影響を受けたエモーショナル且つ攻撃的なトミー・ボーリンのギター・プレイはデイヴィッド・カヴァーデイル、グレン・ヒューズの目指す方向性に見事にマッチし、2人の活躍とトミー・ボーリンの優れたアイディア、ギター・テクニック、そして才能を感じることが出来るアルバムです。しかしこのアルバム発表後、ディープ・パープルは解散。デイヴィッド・カヴァーデイル、グレン・ヒューズ、トミー・ボーリンはソロ活動へ、ジョン・ロード(Key)とイアン・ペイス(Dr)は新たなバンド結成へと向かうことになります。

 後にジョン・ロードが語ったように - ディープ・パープルの名前で発表すべきではなかった - アルバムで、年々再評価されつつはありますが、リッチー・ブラックモアのディープ・パープルにおけるカリスマ性が消えて久しく、音楽シーンが当時より成熟し、音楽の多様化がみられる現在こそ、正当な評価を与えられるアルバムなのかもしれません。


David Coverdale.....vo.デイヴィッド・カヴァーデイル
Glenn Hughes.....b,vo.グレン・ヒューズ
Jon Lord.....kb.ジョン・ロード
Ian Paice.....ds.イアン・ペイス
Tommy Bolin.....g.トミー・ボーリン


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ライブ・イン・カリフォルニア 1976 - ディープ・パープル

B000006Y3ZLive in Califonia 1976: On the Wings of a Russian Foxbat
Deep Purple
Connoisseur 1995-05-18

 リッチー・ブラックモア(G)脱退後、アメリカ人ギタリストのトミー・ボーリン(G)を加えた第4期ディープ・パープルの1976年カリフォルニア・ロング・ビーチでのライブ。当時からFM放送用の音源が海賊盤として出回っていましたが1995年になって正規盤として発表されました。

 来日前の指の怪我でほとんどギターの弾けないトミー・ボーリンとバンド崩壊前の影響から来る演奏のまとまりの無さにもかかわらず発売された『ラスト・コンサート・イン・ジャパン』と、日本でも絶大な人気を誇ったリッチー・ブラックモアの不在から評価の低い第4期ディープ・パープル(特にボーリン)ですが、当時『ラスト・コンサート・イン・ジャパン』ではなく、このアルバムが発売されていればトミーボーリンの評価も違ったものになっていたと思います。

 演奏もジョン・ロード(Key)はもちろん安定しているし、イアン・ペイス(Dr)はまさに絶頂期。ボーリンの演奏も『ラスト・コンサート・イン・ジャパン』とは比較になりません。リッチー・ブラックモア時代の曲もトミー・ボーリンのスタイルで弾きこなしているため最初は違和感がありますし、ラフに流してしまっている部分が気にはなりますが、聴きこんでいくと、これはこれでなかなか良いギターを弾いています。ブラックモアじゃないと絶対駄目だ、という人以外には十分に満足できる演奏だと思います。(海賊版ですが"Wembley 1976""New York 1976"、"In Deep Grief"ではこのアルバム以上の演奏が聴けます。)
 ただし、デイヴィッド・カヴァーデイル(Vo)の調子が悪いのか、グレン・ヒューズ(B,Vo)が良過ぎるのか、ヒューズの自分勝手な我侭なのか(多分コレが原因)、二人のヴォーカルが噛み合わない部分が多々あるのが残念なところです。(この頃の海賊盤を何枚か聴きましたが、いずれもカヴァーデイルは影が薄いようです。)

 トミー・ボーリンはどちらかと言えばジャズ、フュージョン寄りのギタリストで、それまでのリッチー・ブラックモアとはタイプが違うためリッチー・ブラックモアのスタイルを求めていたファンにとっては評価しにくいのかもしれませんが、当時デイヴィッド・カヴァーデイルグレン・ヒューズがやりたかったブラック・ミュージック寄りのファンキーなスタイルにはベストなギタリストだったのだと思います。トミー・ボーリンだけでなくデイヴィッド・カヴァーデイル、グレン・ヒューズにとってもディープ・パープルという名前である以上"スモーク・オン・ザ・ウォーター"はやらざるを得ない曲だったのでしょう。唯一のスタジオ盤である『カム・テイスト・ザ・バンド』も、後にジョン・ロードが語ったように、ディープ・パープルの名前でなければもっと正当な評価をされていたのかもしれません。

 トミー・ボーリンのギターテクニックについてはビリー・コブハム(Ds)のアルバム『Spectrum』でのプレイやジェームス・ギャング時代(ジョー・ウォルシュの後任として参加)の『Bang』、トミー・ボーリンのソロ・アルバム『ティーザー』などを聴いてもらえば分かりますが、十分なアイディアとテクニックを持っています。ディープ・パープル解散後、ジェフ・ベックとのジョイント・ツアー中にドラッグの事故で亡くなってしまいますが、生きていれば今頃どんな音楽を聞かせてくれたかと思うと残念です。

*トミー・ボーリンのジェームス・ギャング、ディープ・パープルへの参加はソロ活動の資金稼ぎ、知名度のアップという目的が大きく、ディープ・パープルへの加入の際にも、ディープ・パープルの活動と並行してソロ・アルバムの作成、及びアルバムのプロモーションを行ってもかまわない、という条件が付けられていたようです。実際アメリカのレコード店では当時のディープ・パープルの新作『カム・テイスト・ザ・バンド』より、同時期に発表したトミー・ボーリンのソロ・アルバム『ティーザー』の方が派手に宣伝された、ということもあったようです。

*10年以上前(1990年前後)に、タイトルは忘れましたが、ドラッグで亡くなったミュージシャンの曲を集めたトリビュート・アルバムが発売されていましたが、当時人気絶頂のモトリー・クルーがトミー・ボーリンの"ティーザー"をカヴァーしていました。リーダーのニッキー・シックスがトミー・ボーリンのファンだったということでしたが、日本での評価に比べてアメリカではトミー・ボーリンの人気は高かったということが窺えます。

B00005MNKQThis Time Around: Live in Tokyo '75
Deep Purple
Purple 2001-09-11


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ディープ・パープル mk IV / レッド・ツェッペリン&ディープ・パープル [アルバム紹介&試聴]