紫の炎 - ディープ・パープル (1974)
![]() | Burn Deep Purple Rhino 2005-05-03 |
バンドを脱退したイアン・ギラン(Vo)、ロジャー・グローヴァー(B)の後任としてデイヴィッド・カヴァーデイル(Vo)、元トラピーズのヴォーカリスト兼ベーシスト、グレン・ヒューズ(B,Vo)を迎えた第3期ディープ・パープルが1974年に発表し、イアン・ギランの抜けた穴を懸念するファンの心配を充分過ぎるほど吹き飛ばした傑作アルバム。
実質ヴォーカリストが2人となり、その2人がディープ・パープルに持ち込んだソウル、ファンク等の黒っぽい要素、そしてそのヴォーカル・スタイルにより、ディープ・パープルは従来の"ハード・ロック"というイメージのサウンドだけでなく、多彩で幅広い音楽性を発揮しています。
この第3期ディープ・パープル初のアルバムはバンドの基本となるハード・ロック・サウンドに多彩なリズム、エモーショナルな表現が加えられ、それらの要素がバランス良くミックスされたソウルフルでスリリングなサウンドになっています。デイヴィッド・カヴァーデイル(Vo)、グレン・ヒューズ(B,Vo)のR&B、ソウル、ファンク等から影響を受けたスタイルは、『イン・ロック』(1970年)以降4作でディープ・パープルが作り上げたハード・ロック・スタイルをマンネリ化させることなくバンドに新しい風を送り込み、テクニック面、表現力おいても第2期ディープ・パープルに勝るとも劣らないクオリティーと第2期以上の音楽的な幅の広さを獲得することに成功しています。
リッチー・ブラックモア(G)が作り上げるヨーロッパ的でクラシックな構成と凶暴性を併せ持つディープ・パープルのハード・ロック・スタイルにデイヴィッド・カヴァーデイルのソウルフルなヴォーカル、グレン・ヒューズのハイ・トーン・ヴォーカル、そして2人のコーラスワークで楽曲をよりスリリングなものにすることに成功しているタイトル・ナンバー"紫の炎"。ヘヴィ且つブルージーなサウンドにのりデイヴィッド・カヴァーデイルが情念の燃えるごとく歌い上げるアルバムのハイライト・ナンバー"ミステリーテッド"。アグレッシブなイアン・ペイス(Dr)のドラムが印象的な"ユー・フール・ノー・ワン"。ジョン・ロード(Key)の珍しいホンキー・トンク風のピアノが聴ける"ホワッツ・ゴーイング・オン・ヒア"など、幅広い音楽性ゆえ聴き所の多いアルバムです。
イアン・ギラン脱退後、ディープ・パープルのメンバーが後任候補として白羽の矢を立てたのは元フリーのポール・ロジャース。バンドとしても前任者のイアン・ギランのようなスクリーミング・スタイルのヴォーカリストではなく、ソウルフルに歌いこむスタイルのヴォーカリストを求めていたこともあり、バンドの以後の方向性にとっては当時無名とはいえデイヴィッド・カヴァーデイルは適任者であったと思われます。しかし、ポール・ロジャースがディープ・パープルに加入しなかった理由のひとつとして「(既にベーシストとして参加が決まっていた)グレン・ヒューズのような素晴らしいヴォーカリストが既にいるのに何故もう一人ヴォーカルがいるのか?」と断ったように、グレン・ヒューズもトラピーズ時代から評価の非常に高かった優れた歌唱力を持つヴォーカリスト。このアルバム『紫の炎』では2人のヴォーカルが奇跡のような素晴らしいコンビネーションを生み出す事に成功していますが、この後バンド内部での確執を生む原因にもなっていきます。
*デイヴィッド・カヴァーデイルのディープ・パープルへの参加は、バンドが行ったオーディション・テープ募集にデイヴィッド・カヴァーデイルがテープを送ったことが切っ掛けになりますが、実際にはイアン・ギラン参加直後、その不真面目な態度に不信感をもったジョン・ロードがディープ・パープルの公演に前座として出演した無名のローカル・バンド時代のデイヴィッド・カヴァーデイルに連絡先を聞いていた、というエピソードもあります。オーディション・テープを送った際に認められてジョン・ロードと再会した、というのが正しいようです。
Richie Blackmore.....g.リッチー・ブラックモア
David Coverdale.....vo.デイヴィッド・カヴァーデイル
Glenn Hughes.....b,vo.グレン・ヒューズ
Jon Lord.....kb.ジョン・ロード
Ian Paice.....ds.イアン・ペイス












