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紫の肖像 - ディープ・パープル (1973)

B00006BTANWho Do We Think We Are
Deep Purple
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 第2期ディープ・パープルが最高傑作『ライブ・イン・ジャパン』を発表した翌年の1973年に発表したスタジオ録音盤『紫の肖像』。「Who Do We Think We Are - 私たちは自分たちを何者だと思っているのか」という内省的なタイトルが表わすようにディープ・パープルの分裂前の混乱を感じ取ることが出来るアルバムです。このアルバム発表後の来日公演の最終日、大阪厚生年金会館でのライヴでイアン・ギラン(Vo)は「ジ・エンド、グッドバイ」という言葉を残しステージを降り、その後ロジャー・グローヴァー(B)と共にディープ・パープルを脱退することになります。

 各楽曲の仕上がりが中途半端で散漫な印象の強いアルバムですが、ジョン・ロード(Key)、イアン・ペイス(Dr)がバンドをしっかりと牽引し、特にそのサウンドの中で圧倒的な歌声を聴かせるイアン・ギラン(Vo)の歌唱力は見事の一言。この時期イアン・ギランと対立してディープ・パープルへの意欲を無くし、このアルバムでは影の薄いリッチー・ブラックモア(G)の不在ともいえる状況をイアン・ギランのヴォーカルがカヴァーしています。また、リッチー・ブラックモアがバンドへの関わり方が薄くなってしまった分、他のメンバーの趣味性が強く出ており、リッチー・ブラックモア主導では聴くことが出来なかったかもしれない、というような部分も多々聴くことができ、ある意味リッチー・ブラックモア主導で作り上げたディープ・パープルのスタイルをあたかも自ら壊そうとしているのではないかとまで思えます。

 本来であれば、このアルバムでも意欲的にバンドを引っ張ったイアン・ギランではなく、新バンド結成への動きを見せていたリッチー・ブラックモアが脱退してもおかしくはないのですが、結局ディープ・パープルを脱退したのはイアン・ギラン。この脱退劇の中でどのような動き、思惑があったのかは分かりませんが、良くも悪くも"リッチー・ブラックモア=ディープ・パープル"というファンからのリッチー・ブラックモアへの熱狂的な支持はかなり大きかったのではないでしょうか。
 しかし、『ライヴ・イン・ジャパン』(1973年)で聴くことが出来るような素晴らしい演奏を各地で繰り広げたディープ・パープルが、それから僅か1年後にバンド・メンバーの脱退という状況に陥るというのは、如何にバンドの鮮度を維持するのが難しいか、ということを十分に感じさせられるところではあります。


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July 17, 2006 6:27 PMに投稿されたエントリーのページです。

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